100.【田中規矩士・たなかすみこをめぐる人々】2 角田光「ピアノとともに―たなかすみこ先生との45年」1
(2024年7月16日投稿)
はじめに
2022年5月、コロナ禍ではあってもワクチンの普及とともに少し落ち着きを取り戻したということで、全国いろおんぷ協和会会員でいらした角田光(つのだみつ)さんが暮らす高齢者施設に伺いました。
伺った私たちも3回のワクチン接種済み。ということで、訪問を許されました。
2022年はまだそんな時期でもありました。
その時に角田さんより「私のピアノ人生」や「たなかすみこ先生の思い出」、そして2024年現在62年のお付き合いとなった、たなかすみこ先生の主宰する音楽団体「全国いろおんぷ協和会」の盟友「にしきさゆり(錦織さゆ里)さんとの日々」を語っていただきました。
語っていただいた時は98歳とはいえとてもお元気で、ピアノ演奏、そして錦織さゆ里と昔話に花を咲かせました。楽しかった若き日を思い出して笑い合う二人は、まるで少女のよう。聞き取りに同席した私まで心がほんわかしました。
そして2024年、あれから2年が経ったので、また角田さんが暮らす高齢者施設に伺うつもりでいたら、角田さんの訃報が入りました。
2024年6月は角田さんの100回目のお誕生日。入居する高齢者施設では「100歳おめでとうバースデーコンサート」が予定されていて、角田さんは5月までコンサートに向けて練習に励んでいらしたそうです。ご親族様によれば、「5月末に体調を崩して入院。超高齢故にそのまま天国にお引越しをしてしまった」だそうです。
「100歳おめでとうバースデーコンサート」出演はかなわぬ夢となってしまいました。
私も赤ちゃんの時から可愛がっていただきました。最後にお会いできなくて残念です。
角田様のご冥福をお祈りします。
さて、Webサイト「田中規矩士・たなかすみこ夫妻の記憶β版」の中に「田中規矩士・たなかすみこをめぐる人々」というコーナーが立ち上がったので、2番目は角田光さんに登場をしていただきましょう。
この記事は2022年5月に角田さんが語られたものを録画してきたので、それの音声のみ書き起こしをしました。
それ以前に62年の付き合いのある錦織さゆ里の証言も交えています。
全国いろおんぷ協和会で発行されていた会報「協和会ニュース」の「私の履歴書」に書かれていたことも交えます。角田様の「私の履歴書」はゲラ刷りしか残されていなくて、いつ発行されたのかはわかりません。
協力者:角田光(つのだ みつ 1924年(大正13年)生まれ。たなかすみこの45年にわたるアシスタント。1962年(昭和37年)武蔵野音楽大学ピアノ科卒。掛谷保一、琢磨都に師事。)
同席者:錦織さゆ里(1932年(昭和7年)生まれ。田中規矩士の妻、たなかすみこの48年にわたるアシスタント。1957年(昭和32年)武蔵野音楽大学ピアノ科卒。この聞き取りには「にしき」と称する。にしきさゆりは錦織さゆ里の芸名。たなかすみこが授けた。角田さんも普段は「にしきさん」「にしき先生」と呼んでいた。)
聞き取り:錦織麻里(錦織さゆ里長女。この聞き取りには麻里と称する。)
・聞き取りによって得た内容のうち、筆者が見出しをつけて示しました。
・発言者の敬称は省略しました。
・丸括弧は書き起こしの際に中の人が補った部分です。
・本原稿は調査協力者の次男、角田正敏様の校閲を経たうえで、筆者が修正、訂正を行いました。
(文責:錦織麻里)