田中規矩士・たなかすみこ夫妻の記憶 β版

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26.田中規矩士演奏活動の記録2(2022年3月現在わかっている範囲です)

(1928年(昭和3年)2月から1930年(昭和5年)5月までベルリン留学)

1931年(昭和6年)1月16日から20日まで 演奏旅行(京都―名古屋)岡崎公園公会堂(京都)名古屋市公会堂(名古屋)

四、ピアノ独奏 い 六つの変奏曲作品三十四.......ベートーヴェン

        ろ ハ長調ソナタ..........モーツァルト

 

七、ピアノ独奏 い 変奏曲及土耳古行進曲......モーツァルト

        ろ アンダンテ及アレグロ 田中規矩士氏近年の習作

 

この公演は両方の会場いづれも昼公演、夜公演とあったようです。田中規矩士は、演目四を昼と夜で変えたようです。

夜公演は、狂騒曲(歌劇アルセスト中のバレーの旋律を基とせる)グリーグ/サン・サーンス

田中規矩士は作曲にも興味があったようです。

 

 

東京音楽学校主催演奏会で田中規矩士が独奏をするのはこの演奏会が最後となったようです。

 

1931年(昭和6)12月11日 音楽大演奏会 於日本青年館 日本教育音楽協会主催

五、ピアノ独奏 ポロネーズ―ファンタジー作品六一.......ショパン

1932年(昭和7)11月27日 日本青年館に於いて自主リサイタル

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1.ハイドンソナタ変ホ長調。(作品番号が書いてないので、どの曲かわからない。しかしソナタアルバム2巻に載っている下記の曲かもしれない。)

ハイドン :ソナタ 第43番 Hob.XVI:28 op.14-2 変ホ長調

2.ブラームス作曲《ヘンデルの主題による変奏曲》作品24

3.グラズノフ作曲《主題と変奏》作品72(1900)

4.aスクリャービン作曲《2つの詩曲》作品32 (1903)

4.bラヴェル作曲《亡き王女のためのパヴァーヌ》(1899)

4.cドビュッシー作曲前奏曲集第1集より《ミンストレル》(1905)

4.dショパン作曲《幻想ポロネーズ》作品61 CT156

(この項目は2022年3月15日に書き加える)

 

1936年(昭和11年)5月11日レオニード・クロイツァー門下生ジョイントリサイタル(会場不明。管理人はドイツ語が苦手なので、書いてあるのかもしれません)

ピアノソナタK.331「トルコ行進曲付き」.....モーツァルト

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1936年(昭和11年)10月24日 第九十一回学友会演奏会

ピアノ独奏 小川幸子 協奏曲イ短調作品五十四 アレグロ アフエトウオーソ.......シューマン 第二ピアノ 田中教授(東京芸術大学百年史演奏編より。田中教授としか書いてありませんが、この当時ピアノ科の教授は田中規矩士しかいないので、多分本人でしょう。門下生のオーケストラ部分を弾いたと思われます)

 

1939年(昭和14年)10月22日 学友会第一一八回洋楽演奏会

ピアノ独奏 武安千賀子 華やかなるポロネーズ ホ長調 作品七十二........ウェーバー/リスト 第二ピアノ田中教授(東京芸術大学百年史演奏編より。田中教授としか書いてありませんが、この当時ピアノ科の教授は田中規矩士しかいないので、多分本人でしょう。門下生のオーケストラ部分を弾いたと思われます)

 

1942年(昭和17年)6月16日 日本青年館に於いて自主リサイタル

バッハ=ブゾーニ オルガン合唱序曲

シューマン ダヴィッド同盟舞曲集作品6

スクリャービン ソナタ第4番作品30

ムソルグスキー展覧会の絵』全曲

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その時の写真?(昭和7年のリサイタルの時かも?)

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1943年(昭和18年)11月17日「2台のピアノ演奏会」於日本青年館 田中すみ子・細川碧・有志弦楽合奏との共演

モーツァルトソナタニ長調

モーツァルト/グリーグモーツァルトソナタ第15

J.S.バッハ:協奏曲ハ長調BWV1061

ブラームスシューマンの主題による変奏曲作品23

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プログラム

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1947年(昭和22年)10月26日 ホームコンサート 於自宅スタジオ 田中すみ子との共演。サン・サーンス:ベートーヴェンの主題による変奏曲作品35

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1948年(昭和23年)3月7日 Welcome Recital for Plumb-san 於自宅スタジオ 田中すみ子との共演。チャイコフスキー:悲愴

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1948年(昭和23年)5月19日 ホームコンサート 於自宅スタジオ 田中すみ子との共演。ショパン:ロンド 作品73

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1953年(昭和28年)11月8日「いろおんぷ発表記念ピアノ演奏会」於ヤマハホール 田中すみ子との共演

フィリップ・メンデルスゾーン(?)スケルツォ

ミヨー:スカラムーシュ

チラシ

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プログラム

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その時の写真と思われる。

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1953年(昭和28年)11月14日 デュエットの午後 於フェリス女学院講堂 規矩士が何を演奏したかは不明。

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妻、たなかすみこの話だと、1956年(昭和31年)ちょうど銀婚式でもあるので2台ピアノの演奏会を企画していたと伝わっている。戦後、ホームコンサートで演奏をしながらレパートリー拡充をはかっていたのかもしれない。