田中規矩士・たなかすみこ夫妻の記憶 β版

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42.田中規矩士ものがたり3-4 待望の新居を新築する

そして話は前後するが、規矩士すみこ夫妻は1939(昭和9)年いよいよ待望のスタジオ付き新居を建築することになった。

場所は東京都世田谷区東玉川。施工会社は清水建設(当時は清水組)大友弘設計。大友弘設計の建築物は、美智子上皇后陛下のご実家(現存せず)などがある。現在現存しているものは文化財指定されているものが多い。

 

平山育男 松波秀子 2004「近代建築における建設会社設計部技術者の研究一大友弘の業績を通じて一」住宅総合研究財団棚究論文集No.31

http://www.jusoken.or.jp/pdf_paper/2004/0331-0.pdf

とくにレッスン室兼スタジオは二人の自慢で、一段高いステージ付きの大広間。ここでたくさんの「サロンコンサート」や後のすみこの活動の拠点として「発表会」「講習会」なども行われた。

自慢のレッスン室の名前は「きくの間」。規矩士の間という意味であったそうだ。そしてすみこのレッスン室は「すみれの間」。すみこの間という意味と伝えられている。

「きくの間」では、主に規矩士のレッスンが行われたということも伝わっている。

きくの間。2020年8月。筆者写す。

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関東大震災で被災した規矩士の願いは「また大地震が来ても壊れない頑丈な家」というものであったそうだ。念入りに建築されたこの家は、戦災もくぐり抜けた頑丈な家であった。(家のことは別稿にて)

ピアノの前に座る規矩士。書き込みはすみこが書いたもの。

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規矩士とすみこ。自宅にて。

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