(2024年8月12日投稿)
さゆ里「たなかすみこ先生の教材の改訂にも関わったのよ。いろおんぷばいえるの下巻は私がほとんど書いたと思う。そして一番の話題はこれよね。」
さゆ里
「CD「絶対音感 その習得のすべて」1999年2月24日発売 ビクターエンタテインメント(初版)
1998年ごろだったと思う、ちょうどそのころ『最相葉月著 『絶対音感』 新潮社 1998年』がベストセラーになって大評判だった。そんな関係でビクターのプロデューサーさんがすみこ先生に『絶対音感のCDを作りましょう』っていらしたの。でもすみこ先生が高齢故に弱ってきていた。ということで私が作ることになったのよ。長年のすみこ先生への恩返しもあったから、私、頑張ったわよ。」
麻里「そうね。あのピアノを弾いたのは私よ。」
初版チラシ
初版チラシ裏
そして3年後、2002年9月21日に改訂決定版を発表。
改訂決定版チラシ表
改訂決定版裏
(絶対音感の功罪についてはいろいろな意見があります。そしてその習得の方法にもいろいろな意見があります。これはたなかすみことにしきさゆりが考えた方法です。
そして「絶対音感」に関する反論は申し訳ありませんが、受け付けないこととします。)
さゆ里「あのCDが話題になって、TBSラジオやテレビにも出演したわね。これもすべてすみこ先生とのご縁から始まっていたわ。私のピアノ教師人生は『すみこ先生とともに』だったわね。」
麻里「2007年にすみこ先生が亡くなるまでずっと側にいたのよね。48年も。よく飽きなかったねえ。イラつくこともあったでしょ?」
さゆ里「なんやかんやあったけど、私、すみこ先生のことが好きだったんだと思う。尊敬もしていたしね。」
錦織さゆ里さんは田中規矩士は「同じ学校の教授だから知ってはいたけど、直接に教えを受けた訳ではないから」とのことです。しかし妻、たなかすみこ先生の側には長年いました。少し話を振るだけで思い出がたくさん出てきます。またいずれ思い出が出てきたら書くことにしましょう。
(長野にいろおんぷ指導者講習会に行った時。錦織麻里、錦織さゆ里、たなかすみこ)